子ども時代は誰にでもありました。自分が子どもだった頃を思い返してみてください。さまざまなことに興味をもち、時には怯えながら、いろんなことを経験してきました。見るものすべてが新鮮で、毎日のすべてが楽しくて、両親をはじめ様々な人に支えられながら、教えられながら、少しずつ、だけども目に見えて着実に成長してきました。幼少期の記憶はなかなか薄れることはありません。子どもの頃に憧れたもの、感動したことは、大人になっても残り続けるものです。
今は子どもが少ない時代だといわれています。人口の減少に歯止めはきかず、学校の数は減り続けています。そんな状況でも、子どもの持つ好奇心は変わりません。子どもは楽しむ天才で、覚える天才です。
キッズの毎日は新鮮なことの連続なのです。触れるもの、見るものの全てが新しく、次から次へと興味を示します。まるで「スポンジ」であるかのように、なんでもグングン吸収します。そして、この頃に触れたことは、その後の成長の過程で「新たな気づき」へと繋がる「核」になるのです。しかし、幼少期に何かを「学ばせる」ことは容易ではありません。
その物事に対して明らかな拒否反応を示したり、学ぶための環境との相性が悪かったりすれば、吸収するどころか「苦手意識」を植え付けてしまうことになりかねません。
幼少期には何でも「楽しく」学ぶことが出来ますが、逆に楽しくならなければ何も吸収しません。半ば押し付けてしまったり、強制してしまったりしても、拒絶反応は大きくなるばかりなのです。
その子が「何に興味を持つのか」、「何に適正があるのか」は、実際に試してみないとわからないことです。様々なことに興味をもって、楽しみながら覚えていけることが、子どもにとっては理想です。
ただ、「誰でも何でも」というわけにはやはりいきません。そして、いざ始めてみたとしても、時には遊びたかったり、時にはお父さん、お母さんに甘えて、そばを離れなかったり、子どもは決して親の思う通りにはなりません。
そんなキッズたちに、いかにして「何を与えるか」。これはその子にとってはとても重要なことなのです。